読書について考えてみた2004

a2c_sato2004-12-31

 Qたろ@実家のはず。です。
 実家にはPCはあっても接続ができないのですが、田舎にある市の無料インターネットスペースがあるので、そこでカキコしてます。

 まあ実家に帰ると時間があり、ゆったりと流れるもので、普段考えないようなことを考えてしまったりします。
 
 それで、実家に戻ってもいつものように本を読むんですが、「なんで俺、本読んでるんだろ」と考えてしまいます。
 自分としては東京の中央線沿線で一人暮らししているペースで本を読もうとするのですが、実家に戻れば実家の時間のペースがあって、本を読むことそれすらなんだか違和感を感じてしまいました。

 読書とは何ぞや、と考えたとき、その答えはこれまた本の中にありました。

 読書とは自分自身を探す行為なのです。

 今回帰省するにあたり、この本を買ってみました。
 「鬼降る森」(高山文彦幻戯書房
 http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31338561

 著者はノンフィクションの優れた作品に与えられる大宅賞を受賞した作家。彼の出自である宮崎県高千穂町天孫降臨伝説で有名だが、実は地元にあるもうひとつの「鬼八」伝説というものがあり、それを追っていくというもの。亡くなる前の祖母との会話や地元に伝わる民謡「刈り干切唄」や「夜神楽」など、氏が地元に戻り肌で息でそれを感じながら、鬼八伝説のルーツを追っていくという内容。

 Qたろはおよそ半分読んだのですが、もうお分かりのとおり、おそらく自分のルーツはこの高山氏の書いたものに近い位置にある、と読みながら思いました。

 人間が文字を発明した歴史に比べれば、おそらく自分の人生の長さなんて屁みたいなもので、じゃあその自分はその歴史の中で何者なのかを問うことは、つまり自分のルーツを知ることなのだと気づいたのです。

 この「鬼降る森」は、そういう意味で、実家に戻って読むにはベストの本であり、違和感なく読める本なのでもあります。

 過去を知ることで未来につなげることができる。
 自分自身を知ることで、未来を計ることができる。

 なんだか自分の中で、キレイに2004年がまとまった感じがします。
 すこしでも、その叡智を受け継ぐ仕事に、自分が携われたらと、改めて決意いたしました。

 それでは、よいお年を!