人類の歴史を左右した暗号の歴史 その2

 さて、昨日の続き。今日も長いぞぉ。

 史上最強の暗号とされたエニグマを解読に導いたのは、ナチスドイツの恐怖にもっとも直面させられていたポーランドだった。青年レイフェスキはやはり暗号の弱点「反復」に注目し、ドイツ軍がその日最初に使用する確認のための3文字×2のメッセージの反復から規則性を発見したのだ。これと同時に、ポーランドエニグマ現物と仕組みを渡したドイツ人シュミットの裏切り貢献も大きい。
 でもポーランドはドイツに1939年に不可侵条約を破られた占領された歴史は知ってるよね。なぜエニグマを解読できたはずなのにポーランドはドイツの侵略を防げなかったのか。実はドイツもエニグマを日々改良しており、それにレイフェスキは追いつく事ができなかったのだ。
 ポーランドは戦況が悪くなると、フランスとイギリスにこの開発の成果を告げ、技術とエニグマのレプリカを渡したのだ。それまでエニグマ解読は不可能だと匙を投げていたフランスとイギリスは、独自で小国ポーランドが解読していたことに驚嘆し、特にイギリスは尻に火がついた。何せ第一次大戦では暗号解読はお手のものだったのに、今回ののエニグマに対してはお手上げ状態だったのだから。
 イギリスでは若い数学者チューリングがそれまでの解読してきた「鍵」からパターン解読に成功し、またイギリス軍がコードブック(ドイツ軍の毎日変わる「鍵」)を奪取することにも成功したことで、解読が可能になった。第二次大戦の結果は、歴史の知るところですね。

 そして戦後、ついにコンピューターが発明され、もちろん高速での計算処理が可能になり、企業はこぞってコンピューターを使用した。第二次大戦後の暗号戦争は戦争から民間活動へとベクトルが向けられた。企業同士のコンピューターを介したお金の処理に暗号が必要になったのだ。そのためには会社それぞれが同じ暗号技術と暗号解読技術を持たねばならなくなり、「暗号の標準化」という、今までの話にはあり得なかった問題が生じたのだ。アメリカ商務省標準局(NSA)が主導権を握って1976年に暗号技術DESを開発、これを標準公式の暗号技術とすることになった。しかしこのDESも「鍵」問題を解決したものではなかった。
 「鍵」とは送信側と受信側が合意するキーワードのことで、いくら本文の暗号化が進展しても、この「鍵」の受け渡しの方法がネックになるものなのだ。そしてこの問題は実は紀元前4000年から解決されていない問題であり、エニグマ解読もドイツ軍のコードブック奪取に要因があったことを思い出してほしい。鍵の最善の受け渡し方法は、送信側と受信側が実際会うことだが、時間的にも効率は悪い。
 しかしついに不可能かと思われた(またこのフレーズだ)この「鍵」問題は、1976年にスタンフォード大学の3人の数学者が理論を発見し、その翌年マサチューセツ工科大学の3人の数学者が「素数」を使った公式で理論を完成させた。3人の名前の頭文字をとって「RSA」暗号と名づけられ、これが今のE-mailにも使用される暗号技術となったのだ。

 と、とにかくあらすじをそっけなく書いてるけど、彼らの苦悩や読んですごく迫力ある内容になってるんだよ。

 暗号以外のサイドストーリーもすんごく魅力的。いまだ解読不能とされる、アメリカに伝わる「ビール財宝」の暗号、第二次大戦時にアメリカが原住民ナバホ族の言語を暗号として使用した話(歴史上唯一、全く解読されなかった暗号なんだって!)、暗号解読と同じプロセスを踏んだ古代エジプトのヒエログラフ解読、アメリカのコンピュータ学者フィル・ジマーマンのRSAを改良したプログラムとそこから派生する国家安全保障と個人プライバシー保護の現代の対立。
 最後にサイモン氏は、未来の暗号技術にも言及します。量子論から開発された量子暗号が理論的に暗号化が可能とわかり、実験も成功し、一応のレベルまでは成立する事がわかっているそうです(ここまでくると脳みそがタプタプのユルユルになるよ!)

 暗号というのは普通の科学とは異なる科学なんだよね。最善最良最高の理論や技術を発見したとしても、それを世に出してしまっては暗号の意味がなくなる。実はエニグマ解読の事実にしても、その事実は戦後30年、1974年まで秘匿されたのだ。暗号解読に携わった研究者たちは、自分たちの研究成果も発表する事もできず不遇を強いられたのだ。エニグマ解読の貢献者チューリングに至っては、同性愛者である事から警察に逮捕され有罪判決を受け、世間の迫害を受け精神障害に陥り、1974年を迎えず自殺してしまったのだ。
 もっと凄いのが、いま現在最高の暗号技術とされるRSA暗号。実はこの暗号と同じものが戦後も脈々と続けられたイギリスの暗号局で1973年に理論が発見され、アメリカの科学者たちより3年前に完成していたのだ!!しかしこれも政府管轄の暗号局ということで秘密裏にされ、この事実が公表されたのはRSA暗号が世界に認められ、さらに新しい暗号技術が開発されて隠していても得策ではないとされるまで続いた、1997年のことなんだって!

 もしかしたらこの今の時点でも、世界中のどこかで、暗合化の技術と暗号解読の技術がしのぎを削って、すでに最高の暗号技術として世の中に知られずに暗躍しているのかもしれないね。
 人間が何かを隠そうとする限り、謎を知ろうとする限り、暗号はなくならないでしょう。暗号技術も凄いけど、それにまるわる人間の息吹の迫力がすごい!
 数学嫌いの人に、ぜひ読んでほしい1冊です。もちろん数学が好きな人もドシドシ読んでね!